宇宙に転がる蝉の死骸

灼けたアスファルトの上に蝉の死骸が並び始める8月下旬、後輩が死んだ。知ったのは大学のメール経由だった。ただ、水難事故だという情報と告別式の日程、“皆さんも気をつけましょう”といったやる気の無い文だけが並んでいた。
……特に、何とも思わなかった。そうか、と思っただけだった。後輩は一足先に宇宙に行っただけだ。ただ、オレが宇宙を目指す理由がひとりからふたりに増えただけ。オレの広い家に来る人間がひとりからぜろに減っただけ。おかげで発明に没頭できる。できる、のだが……

「あ゛!つ゛!い゛!」

やってられるか!溶接マスクを脱ぎ捨てると、ミーンミ゛ーンと鼓膜をつん裂かんばかりの蝉時雨が襲いかかる。溶接やら何やらに電力を回しているせいでエアコンがつけられない我が屋敷はサウナのような環境と化していた。太陽に近付いたらこんな感じなのだろうか。じわじわと沸く汗が後から後から顔を伝って煩わしい。ええい、全自動顔拭いロボットなんて作っている暇はないのに!
うがーっと叫んで天井に寝転ぶと、逆さまの晴天が目に飛び込んできてくる。ああ、もう。ちかちかする碧空に真白な線を残して落ちていく飛行機雲を見ていたら、また死んだ後輩のことを思い出してしまった。この晴天の――宇宙の彼方にいってしまったお前のことを。

なあ、後輩、お前気が早過ぎではないか。この大天才とどちらが先に宇宙に辿り着けるか勝負するのは確かに怖かろう、恐ろしかろう……だがそんなチートのような方法で先に宇宙に行くことはないだろうに。ズルだ!卑怯だぞ、後輩!これは説教ものだ。何処にいたって絶対に見つけ出して説教してやる。先輩の愛の拳をお見舞いしてやろうではないか。大丈夫だ。体がなくなっていようとも脳が溶けてようとも自我が霧散していようとも宇宙と混ざってどろどろのスープになっていようとも全部取り戻してやる。見つけ出して、もういちど会ったならお前の言っていたウォーターカッターもガスバーナーも使わない下らない凡人式のスイカ割りとやらをするんだ。そうだ、貴様が言っていた“普通の水鉄砲”とやらもまだ見せてもらってないし、花火大会だってあるなんてほざいていたじゃないか。だから、だから

「……夏が終わる前には、これを完成させなければ」

待ってろよ後輩!必ず迎えに行ってやるからな!
そう吠えたオレの声は、山々にこだまして空っぽな夏空に溶けていった。


キャラクター
■田羽 葉夏(でんぱ はなつ)
天才奇人で有名な大学の先輩。実験に失敗し重力が反転してしまっている。-反重力センパイ

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