タイトル未定



今日はなんだかやけに頭がぼーっとする。夜の帳が降り切った道をふらふらと足を引き摺るように歩いていた。今日も激務だった。帰ったら遅すぎる晩飯を食べ風呂に入らなきゃいけない。それを想像するだけで絶望のような苛立ちのような、なんとも言えない虚無感に思考が蝕まれていく。棒のような足を機械的に動かして、ようやく見えてきた我が家。くたびれきった気分で鍵を開けて、狭いワンルームに辿り着く。
「おう、おかえりー」
同居人の気のない返事とゲームの効果音が、何故か、今日はやけに癪に触った。
――腹が立つな。
何故だろう。今日は、やけに、頭がぼーっと、
――憎い。苛立つ。
ふらり、同居人の方に身体が傾いた。少年は無防備に背を向けてゲームに夢中だった。
「ん、なんだ? ニンゲ――グッ!?」
カシャン、と軽い音を立ててコントローラが床に叩きつけられる音が響く。
何なんだこいつのこの態度は。家主の帰りだぞ。もう少し暖かく出迎えるのが礼儀だろう。どいつもこいつも俺を見下しやがって。生意気なクソガキだ。むかつく事ばかり言いやがる癖に自分ばかり楽をしやがって!!
頭に巡る血が沸騰したように熱くなるのがわかった。獣みたいに荒い息を吐きながら同居人の……エンマの首を絞める力が益々強くなっていく。組みついた際に長い前髪が乱れて、両の眼窩に埋め込まれた赤と青の石が顕になる。気持ち悪い。どこを見ているのか分からないがらんどうの目だ。気味が悪い。ぐっ、とさらに両手に力を込めた。苦しげな嗚咽を漏らして少年の首がかくんと傾く。
赤と青の石と、目が遭った・・・・・。がらんどうの瞳から、確かな視線を――
ぞわりと、力を込める両腕が僅かに粟立つ。なんだ。なんなんだこいつは!早く死んでしまえ、早く、早く――!
奴は青白い顔をしながらも、ギザギザの歯を剥き出しにして、にたりと低く、獰猛に笑った。

「オレのモンに手ェ出してンじゃねぇよ、悪霊風情が」

煌々と赤色の目が輝く。ずるりと影から這い出た手が俺の腕を、足を、掴む。それは、あまりにも禍々しく恐ろし、ぃ、あ、ぁああ、あぁ、あああああああいやだいやだ、ごめんなさいゆるしてくださいぁ、ぁあ、それだけは、いやだ、いや、ァ



「っだー!クッソォ、また死んだァ……」

ぼんやり聞こえる壮大なゲーム音楽とその声に、遠くで沈んでいた意識が心地良く浮上する。腑抜けた声で、エンマ……? と呼びかけると「おう、起きたか」と彼がこちらを向いた。……あれ?自分はいつの間に布団に入っていたっけ? 帰ってきた記憶も無いような、ぼんやりとしてるような。うーん……?
「もう少し休んどけ、ニンゲン」
自分の思考を遮るように、エンマが言った。何故かその声はいつもより優しく、温かい。
「帰ってくるなり倒れたンだよ。カイシャっつうのが大事なのもわかるけどよォ……」
もごもごと口籠るとそのまま彼はゲーム機のコントローラを拾い上げた。最後まで言い切れないエンマの不器用な優しさがおかしくて。笑いを堪えながらありがとう、と言う。エンマは少し置いてからぎこちなく「おう」と返事をするものだから、やっぱりおかしくて、堪えきれず少し笑ってしまった。


キャラクター紹介
■エンマ
あなたの家に押し掛けて勝手に住み始めた自称閻魔様な少年。
■ニンゲン
社畜。やや取り憑かれやすい一般人。

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